昨日から、ちっとも怖くない都市伝説なんかをお話ししていて、我ながら恥ずかしいばかり。
 恥ずかしさのあまり、私の体温は上がる一方です…

 友人からこんな話を聞きました。

 大阪府S市の南方は、なだらかな丘陵になっており、大規模なニュータウンが開発されました。1970~80年代、街は順調に成長しましたが、1990年代前半にピークを向かえて以降、人口は徐々に減り続けています。しかしながら、巨大な団地が立ち並び、また、ところどころに残る昭和の意匠がなつかしさを刺激するのか、もの好きには人気のある街です。

 そんなニュータウンのはずれのバス停に隣接する一台の電話ボックス。それが「うらしま電話」と呼ばれる都市伝説の舞台です。その名は、もちろん昔話「浦島太郎」に起因しています。

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 「うらしま電話から電話を掛けると、時間を奪われる」、そんなウワサが立ち始めたのは、平成20年頃からだそうで、比較的最近の話。電話ボックス自体はもっと昔、それこそ、ニュータウンが華やかなりし、1970年代に設置されたようです。
 半世紀近くの年月を経て、魂が宿り始めたのか、とも思えますが、実のところは、それまで誰も時間を奪われていることに気付かなかっただけなのです。

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 「うらしま電話」は、電話ボックス周辺の人の時間を奪います。範囲は隣接するバス停の端っこまで。また、奪われる時間は電話ボックスに近いほど多くなり、最大となる電話ボックス内では、3分電話を掛けると、30分の時間が奪われます。 
 こんな電話が、なぜ見過ごされていたかというと、それは「うらしま電話」の時間を奪うタイミングが、電話ボックス周辺から離れて12時間以内とタイムラグがあったからです。
 ここまで巧妙に奪われると、逆に誰も気付けなさそうです。が、それは、四六時中、時計を見ていないと落ち着かないという、強迫性障害を発症した近所の青年によって見破られ、彼の弟により小学校で言いふらされて、地域で人気のウワサとなりました。

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 そして、しばらく竜宮城で過ごしただけなのに、浜に帰って来ると700年が経過していた「浦島太郎」の物語になぞらえて、電話ボックスはいつしか「うらしま電話」と呼ばれるようになったそうです。
 とは言え、最近は公衆電話を使う者も少なく、バス停の利用程度なら奪われる時間も微々たるもの。そのため、付近の住民には、いぶかしく思われながらも、「うらしま電話」は放置されているのです。電話ボックスを撤去すれば解決する、という保証はありませんし、もしかしたら、悪化する可能性だってあるからです。

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 「うらしま電話」の都市伝説はここまでですが、ひとつ疑問が残ります。「うらしま電話」は大勢から奪った時間を一体何に使っているのか?という疑問です。
 友人は、公衆電話が自己保存のために奇跡を起こしているのではないか、と考えているようです。
 携帯電話、そして、スマートフォンの普及に伴い、公衆電話は減る一方ですが、決して、なくなることはありません。それは、時々、機器の不具合や人為的ミスにより無線ネットワークが停止し、我々が公衆電話の必要性を思い出すからです。
 「うらしま電話」は奪った時間を神に捧げ、「無線ネットワークが停止する」という奇跡を引き起こし、自己の必要性を主張し続けている、と友人は力説するのでした…

【おしまい】