大阪メトロのことを、頑なに旧名称である市営地下鉄と呼び続ける友人からこんな話を聞きました…

 大阪メトロは、大阪市内を縦横に走る地下鉄で、行きたい場所、特に二大繁華街のひとつ「ミナミ」こと難波周辺に行くには、ぐるりと取り囲んでいる環状線よりも便利です。ちなみに、過去においては、友人の言うように市営でありましたが、民営化され、今に至ります。

 友人は、大阪メトロの堺筋線をよく利用しており、終点である天下茶屋から京阪本線へ乗り換えるため、北浜まで乗車します。その日は、朝から降っていた雨が、お昼過ぎに上がったものの、厚い雲が垂れ込めていました。そのため、多くの人が傘を手にしていたそうですが、友人は持っていませんでした。

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 乗り合わせのタイミングなのか、何かのめぐり合わせなのか、大都会の利用者の多い路線であっても、午後のふとした時間、車内にまばらな人しかいなくなることがあります。長い階段を下り、友人はそんな車両に乗り込みました。中にいるのは、友人を含め、4人のみ。普段は、シートに座れないくらい混んでいるというのに。

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 彼らを乗せて、地下鉄は闇の中へ滑り出しました。都会の地下鉄ですから、駅と駅との距離はそんなに長くないのですが、今日は、まるで時間が身もだえしているかのように遅く感じます。やがて、次の動物園前駅に着こうかと言う頃、フッと車内の蛍光灯が少し暗くなりました。同時に、地下鉄だと言うのに、しとしとと静かに雨の降る音、また、バサバサと布か幕のようなものが風にはためく音が地下鉄の走行音に混じり始めました。

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 その時、友人は思い出しました。雨あがりの午後、地下鉄の車内を放浪する、怪人とも妖怪とも判別のつかない「傘男」のウワサを。
 今の状況は、ウワサに聞いた傘男が現れる兆候そのもの。車内でこの異変を感じているのは、友人だけでない証拠に、斜向かいのシートに座る女の子も、いぶかしんで、辺りを見回しています。
 そして、ウワサに聞いていたとおりの、いや、想像よりもっと異質なものが、連結部の扉をゆっくり開けて現れました。大きく耳障りなバサバサ音とともに。

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 進入してきた異質は、なぜか友人には一瞥もくれず、目の前をバサバサと通り過ぎると、斜向かいの女の子の前に立ちました。そして、彼女の持っている透明なビニール傘を指差しながら、なにやら話かけています。
 「傘男」は、「ビニール傘の持ち主はあなたか?」とか「傘を忘れるな」とか、端から聞いていると大した話はしていないのですが、女の子はおびえ切っています。そして、「傘男」は何度も何度も、念を押すように「傘を忘れるな」と繰り返したあと、隣の車両に移っていきました。

 薄汚れた膜に身を包んだ蛹のような「傘男」。友人は「傘男」を見送ったあと、彼の立てるバサバサ音は、その膜、傘から剥がされた透明なビニールが原因であること、そして、彼の執着するものが透明なビニール傘であったことに気付きました。「傘男」は、きっと隣の車両でも、透明なビニール傘を持っている乗客を見つけては、注意を促していることでしょう。

 何のために?そんなことは、「傘男」本人に聞かねば分かりませんが、もしかしたら、忘れられた傘がかわいそう、とか、そんな単純な思いを原動力に徘徊するだけの無害な存在なのかもしれません。

【おしまい】