地域の名所や旧跡が町の名前になっていることはよくありますが、ここもそんな町のひとつ。土塔があるから「土塔町」。しかし、これは「塔」なのだろうか…

 2019年に世界遺産となった大阪府堺市の「百舌鳥・古市古墳群」。
 その中心的存在「仁徳天皇陵」、またの名を「大山陵古墳」から、南東5kmのところにあるのが「土塔」です。
 世界遺産とは関係のないものですが、立派な国指定の史跡であります…



 大きすぎる「仁徳天皇陵」から比べたら、小さな「土塔」ですが、小さいが故に全体像が掴みやすいなど、いいところもあるのです。
 例え、雨の日であっても…

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 【参考】堺市ホームページ・土塔
 (https://www.city.sakai.lg.jp/kanko/rekishi/bunkazai/bunkazai/shokai/bunya/shiseki/doto.html)

 この土塔を作ったのは、奈良時代のローカル仏教ヒーロー「行基」です。
 私が今年の初詣に行った「水間寺」を建立された方でもあります。
 ちなみに「土塔」の築造が727年、「水間寺」が729~749年だそうな。

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 大規模な発掘調査(1998~2002)と復元工事(2004~2008)の結果、整備されたこの公園。屋外にある割には、手入れも行き届いており、見ごたえも歩きごたえもあります。
 このように断面が見れる場所があったり、

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 復元模型も展示されていたりします。
 知っている「塔」とは大きく違うその姿は、どうにも奇妙に映りますが、ぐるっと一周回る頃には、これはこれでアリかな、と思えるはず…

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 発掘調査しても詳細が分からなかった13層を安易に復元しなかった点や、山の4分の1は復元せず、草地のまま残している点など、なかなかのコンセプトが随所にみられる良い史跡。

 しかし、私がここまで来た本当の狙いは「土塔」ではなかったのです…

 >>【雨の土塔町2】につづきます…